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  • 2007.06.13 Wednesday
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お笑いの神々

 日本の芸能史・テレビ史を振り返って、お笑い」の「モンスター」と呼ぶにふさわしいのが、コント55号とザ・ドリフターズです。
この2グループの全盛期、彼らがどれだけ子どもたちに影響を与えたか、若い人たちは想像できないのではないでしょうか。
 特に加藤茶が「タブー」という曲にのってストリッパーのまねをする「ちょっとだけよ」というギャグが流行った時期は、小学生の大半がことあるごとに、仰向けになり片脚をあげながら、「ちょっとだけよ、あんたも好きねえ」と淫靡な視線を周囲に送っていたものでした。(やったのは男子だけで、女子はやりませんでしたが)
 このギャグを含め、数々の流行を生み出したのが伝説のお笑い番組、土曜夜8時の『8時だョ!全員集合』です。
このお笑い番組は「お化け番組」とも形容され、PTAなどには毛嫌いされながらも、長期にわたって絶大な人気を保っていました。
 スーパーお笑いコンビ、萩本欽一と坂上二郎のコント55号も、現在の欽ちゃんのキャラクターからはとても想像のできない過激なお笑い・ギャグを連発していました。
『コント55号!裏番組をぶっ飛ばせ!!』などはタイトルからして挑発的でしたね。
 萩本欽一は、正にお笑い・視聴率のキング的存在でしたが、全盛期を過ぎてきたあたりから、ほのぼのペーソス路線を取り入れるようになり、お笑いとしては後退していきました。
一部若手お笑い芸人や、お笑いファンからかなり批判もされていたものです。
 その後に来たのが漫才ブーム。
 とりわけツービートで名を馳せたビートたけしの巨大な才能については説明の必要もないでしょう。
 お笑い芸人として全盛期だった、たけし、明石屋さんま、片岡鶴太郎、島田紳助などが集った、もう一つの伝説的お笑い番組『オレたちひょうきん族』で生み出されたギャグは現在人気の若手たちにはとうてい真似できないものです。
 アングラなキャラクターを持ちながらメジャー中のメジャーになってしまったタモリの存在も特筆しておくべきでしょう。 

 

お笑いの伝説

 子どもがテレビ番組で好きなのは、ヒーロー物やアニメと並んでお笑い番組もあります。
ヒーローやアニメがどちらかといえば子ども中心の作りであるのに対して、お笑いは大人も子どもも楽しめる、それだけに社会に対する影響も大きいものです。
 今は「お笑い番組」というよりも、「バラエティ番組」という言葉を使う場合が多いのかもしれません。
 「お笑い」という言葉が少し蔑称のように聞こえるのでしょうか。
「バラエティ番組」には、「お笑い」以外の「クイズ番組」なども含まれるので、完全には両者は一致しないかもしれないけれど、基本的に「バラエティ番組」には「お笑い」の要素があると思います。
 また逆に、若手などには「お笑い」という呼び方に抵抗はなく、やや自嘲的ながらもプライドを持って自分たちを「お笑い」と呼んでいるとおぼしき人たちも見かけます。
 現在、テレビ芸能の世界は「お笑い」を中心に回っているようです。ダウンタウン、ナインティナイン、爆笑問題と、総理大臣の姿をテレビで見ない日はあっても、お笑い芸能人を見かけない日はないといってもいいでしょう。
 日本には日本独特の「お笑い」風土があります。今人気抜群のお笑い芸能人たちも、過去の偉大な人たちの存在あってこそ生まれたといえるでしょう。
 演芸場などで楽しむのが普通だった「お笑い」がテレヴィでブレークしたのはハナ肇とクレージーキャッツあたりからでしょうか。
とりわけ植木等は時代の象徴となりました。
 1962年からは、第一次演芸ブームと呼ばれる時期になります。なんと現在も放送中の『笑点』は、1966年に始まったものです。
歴代司会陣も豪華で、立川談志、前田武彦、三波紳介などもいました。 


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